松任谷由実(旧姓・荒井由実)が1970年代の初期に発表し、半世紀以上を経た現在も世代を超えて愛され続ける珠玉のバラード『瞳を閉じて』。透き通るようなメロディとどこか懐かしいノスタルジーを誘う歌詞は、多くのリスナーの胸を締めつけてやみません。
この楽曲の原点には、長崎県の離島にある一校の高校と、そこに通う女子高生から届いた「一通の手紙」を巡る感動的なエピソードが存在します。なぜ遠く離れた島の学生のためにユーミンがペンを執ったのか、校歌ではなく「愛唱歌」として作られた理由、そして現在も歌い継がれる背景まで、その真相を紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:『瞳を閉じて』は、長崎県五島列島・奈留島の女子高生がラジオ宛てに送った「校歌を作ってほしい」という手紙から誕生した。
- 要点2:ユーミンは島を離れていく生徒たちの未来を想い、あえて校名を入れず誰の心にも寄り添う普遍的な愛唱歌として書き下ろした。
- 要点3:1974年の名盤『MISSLIM』への収録を経て、現在も奈留高校の愛唱歌や合唱の定番曲として全国で広く親しまれている。
【誕生秘話】一通のラジオ投稿が結んだ奇跡|奈留島の女子高生とユーミン
名曲『瞳を閉じて』が生まれたのは1974年のこと。当時、深夜ラジオ番組を担当していた荒井由実のもとに、長崎県五島列島にある奈留島(長崎県立奈留高等学校=当時は五島高校奈留分校)に通う高校生・小島一子さんから一通の熱心な手紙が届きました。
手紙には「私たちの分校には校歌がありません。自分たちだけの歌を作ってほしい」という切実な願いが綴られていました。離島の小さな学校で学ぶ生徒たちの純粋な想いに深く心を動かされたユーミンは、多忙な制作活動の合間を縫って楽曲制作に着手。島を訪れたことがなかったユーミンは、手紙の文面から青い海や潮風、緑豊かな島の情景を鮮やかに想像し、珠玉の1曲を完成させたのです。
【名盤『MISSLIM』と歌詞の意味】なぜ「校歌」ではなく普遍的な愛唱歌となったのか
完成した『瞳を閉じて』は、1974年にリリースされた歴史的名盤『MISSLIM』(ミスリム)の収録曲として世に送り出されました。同年発売されたシングル『12月の雨』のB面にも収録され、一躍全国の音楽ファンに知られることとなります。
特筆すべきは、歌詞の中に「学校名」や「島の名」が一切登場しない点です。奈留島の若者たちはいずれ卒業とともに島を離れ、都会へ旅立っていく運命にあります。ユーミンは、遠く離れた場所で孤独や困難にぶつかったとき、「瞳を閉じればいつでも故郷の風や温もりを思い出せるように」という祈りを込めて作詞しました。この普遍的なメッセージ性こそが、単なる校歌にとどまらず、日本中の人々の琴線に触れる名曲となった決定的な理由です。
【奈留高校と歌碑の現在】1988年の初訪問から現在まで受け継がれる感動の絆
プレゼントされた楽曲は、長崎県立奈留高等学校の「愛唱歌」として正式に制定され、入学式や卒業式などの節目で大切に歌い継がれていきました。そして楽曲提供から14年が経過した1988年8月、ユーミン本人がついに奈留島を初訪問します。
全島を挙げた大歓迎の中、奈留高校の敷地内にはユーミン直筆の歌詞が刻まれた歌碑が建立されました。除幕式で生徒たちと共に合唱した場面は、今なお語り継がれる感動的な出来事です。この歌碑は現在も美しく手入れされており、全国からファンが訪れる音楽の聖地として島の誇りとなっています。
【混同注意】平井堅『瞳をとじて』との決定的な違いと音楽的背景
検索や音楽配信サービスで混同されるケースが多いのが、平井堅の大ヒット曲『瞳をとじて』(2004年)です。両者には明確な違いが存在します。
平井堅の楽曲はタイトルがひらがなの「とじて」であり、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』の主題歌として書き下ろされた喪失と再生を描くラブソングです。一方、ユーミンの楽曲は漢字表記の『瞳を閉じて』。故郷への情愛や心の拠り所を歌ったフォーク・ニューミュージックの名作であり、発表年代も世界観も全く異なります。どちらも日本のポピュラー音楽史を代表する傑作ですが、制作背景を知ることでそれぞれの持つ深みがより際立ちます。
【合唱曲とカバー】世代を超えて歌い継がれる名曲の理由と現代の広がり
『瞳を閉じて』の持つ叙情的な旋律と温かな詞世界は、ポップスの枠組みを越えて合唱曲のスタンダードとしても定着しました。全国の中学校や高校の音楽の教科書、合唱コンクールなどで広く採用されており、若い世代にも自然な形で浸透しています。
さらに、大貫妙子、今井美樹、薬師丸ひろ子、絢香など、錚々たる実力派ボーカリストたちによるカバーも数多く制作されてきました。時代が移り変わり音楽シーンがデジタル化しても、素朴で普遍的な人間の情愛を描いた本作の価値は色褪せるどころか、ますますその輝きを増しています。
【瞳を閉じて(ユーミン)】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ユーミンが『瞳を閉じて』を作ったきっかけは何ですか?
A1:1974年、長崎県立奈留高等学校(当時五島高校奈留分校)の女子生徒がラジオ番組宛てに「私たちの学校に校歌を作ってください」と手紙を送ったことが直接のきっかけです。
Q2:奈留高校の正式な校歌になったのですか?
A2:正式な校歌ではなく「愛唱歌」として制定されました。生徒が島を離れても口ずさめるよう、あえて学校名を入れず普遍的な歌として作られたためです。
Q3:奈留島にある歌碑は誰でも見学できますか?
A3:現在も奈留高校の敷地内に歌碑が存在します。学校の敷地内であるため、見学の際は事前に学校側のルールや案内を確認し、マナーを守って訪問することが推奨されています。
まとめ:時代を超えて心に灯り続ける『瞳を閉じて』の真価
一通のファンレターから芽吹き、離島の学生たちへの贈り物として紡がれた『瞳を閉じて』。その誕生ドラマは、アーティストとリスナーが心を通わせた奇跡の実話として、日本の音楽史に鮮烈な足跡を残しています。
変わりゆく日々のなかで、そっと瞳を閉じればかけがえのない風景が鮮明によみがえる――。ユーミンが吹き込んだ優しいメッセージは、これからも時代と世代の境界を越え、多くの人々の心に寄り添い続けます。 (出典: 瞳 を 閉じ て ユーミン(Yahoo!ニュース))